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『自分だけの道を進め』M.ビアッジと原田哲也〈後編〉【1995年、キャリア最高の走りで挑む】

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WEBヤングマシン

無理をするしかなかった。タイヤを滑らせるギリギリの走りは、常にリスクと引き換えだった。「そんなの誰でも同じだ」。原田はひたむきにスロットルを開け続けた。圧倒的優位なマシンを駆るマックス・ビアッジに、どこまで食い下がれるか──。’95年、原田はレースキャリア最高の走りでビアッジに立ち向かった。 文――高橋剛 Go Takahashi 写真――竹内秀信 Hidenobu Takeuchi/YOUNGMACHINE archives (本稿はビッグマシン2016年9月号に掲載された記事を再編集したものです) (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 限界の走りは快感ですらあったが…… 第7戦オランダ・アッセンの予選前、原田はレイニー監督にこう言われた。「おまえの走りは、もうマシンの限界を超えている。これ以上無理はするな」 原田は「『フロントローでいい。とにかく無事に走り終えろ』ということだな」と受け止めた。 「でも、行くよね。レーシングライダーだから(笑)」 予選2日目、タイムアタックの2周目、原田はフロントタイヤを滑らせ、263k…
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