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池沢早人師に訊くスーパーカーブームのウラ側「プロローグ:最初はクルマ好きじゃなかった」

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スーパーカーブームの生みの親、池沢早人師先生 池沢さとし(現:池沢早人師)先生と聞けば、カーフリークにとって「神」ともいえる存在であり、1970年代に巻き起こった“スーパーカーブーム”の火付け役である『サーキットの狼』の作者として名を馳せる。昭和、平成を経て令和という新たな時代を迎えた今こそ、GENROQ Webでは改めて池沢先生にご登場いただき、スーパーカーブームを振り返ってみたい。 愛車遍歴と知られざる『サーキットの狼』誕生秘話 『サーキットの狼』がボクのデビュー作品だと思っている人も多いようだけど、実は漫画家としてデビューしたのは1969年から少年ジャンプに連載された『あらし! 三匹』というギャグ漫画なんだよね。当時は18歳だった。その後、数本の連載を経て1975年から『サーキットの狼』をスタートしたんだね。 本当は最初からクルマに興味があったわけじゃないんだ。漫画家として働いてギャラが入るようになり余裕ができると、当時は若いからモテるためのアイテムとしてクルマが欲しくなるじゃない。その時に欲しかったのが初代の日産フェアレディZ(30型)なんだけど、理由はカッコいいから。性能とか…
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