頂点を極め、ロードレース史にその名を刻みつけた男たち。荒れ狂う2スト500ccのモンスターマシンをねじ伏せ、意のままに操った彼らのスピリッツは、現役を退いて時を経た今もなお、当時の熱を帯びている。伝説の男たちが生の声で語る、あのライディングのすべて──。ヤングマシン’12年11月号掲載の「THE CHAMPION TECHNIQUE」より、WGP史上唯一の記録となる250cc&500cc同時2クラス制覇を成し遂げたフレディ・スペンサーのインタビューをお届けします。
矢継ぎ早に放たれるフレディ・スペンサーの言葉が、 ライディングの真実を語ろうとする熱意によって華やかに彩られる。 めまぐるしく変わる表情。ノートいっぱいにライン取りを描く。躍動するペン。 彼はまるでサーキットを走っているかのようだった。
複雑に考えるな。真実はシンプルだ
──「ファスト・フレディ」と呼ばれたあなたの速さは、どこから来ているのでしょうか?
フレディ・スペンサー(以下FS) ライディングについてもっとも重要なことを学んだのは、子供の頃に住んでいた家の庭だ。庭は2エーカー(約2500坪)あって、木がたくさん生えていた。そんな場所をダートバイクで走っているうちに、バイクの操作の基本を覚えたんだ。
ダートでコーナリングしようとすると、スライドアウトして転んでしまう。「どうしたらいいんだろう」といろいろ試すうちに、バイクを寝かせばスピードが落ち、向きも変わることが分かったんだ。
── 向き変えは、’11年もてぎで開催されたライディングレクチャーでも、大きなテーマでしたね。
FS コーナリングに関して多くの人が犯している最大の過ちは、コーナーをひとつの弧と認識していることだ。実際は違う。直線的にコーナーに進入し、短時間で鋭く向きを変え、直線的に立ち上がるんだ。
弧を描いては、いつまでも向きが変わらない。つまりアクセルを開けられない「待ち」の時間が続くんだ。
だからブレーキが大切なんだ。ブレーキは、減速はもちろんだが、コーナーで向きを変えるためでもある。正確には「向きが変わるに至るまで十分に車速が落とす」ためのものだ。
コーナリングにおいてもっとも重要なのは、いかに早くアクセルを開け、加速するかだ。だから進入ではとにかくスピードを落とし、向きが変わるのを待つ。これができればより素早くアクセルを開けられる。
とても簡単なことだよ。速く走るために、長く加速する。そのためにしっかり減速して、向きを変える。それだけのことだ。みんな複雑に考えすぎる。真実はシンプルなんだ。
── 頭では理解していても、実際にやるのはかなり難しい……。
FS そうだろうね。大事なのはしっかりと理解して、信じることだ。いいかい? バイクには慣性モーメントが働く。直進しているバイクは、直進し続けようとするんだ。だからしっかりと減速して慣性を抑える必要がある。
次に大事なのはバンク角だ。できるだけクイックに、想定していたバンク角にするんだ。そうすることでジャイロモーメントが進みたい方向に向かい、一気に向きが変わる。
加速すために、きちんと減速する。それだけのことだ。すごく簡単な話だろう?(笑)
ライディングにおいてもっとも多い失敗は、オーバースピードだ。バイクの原理が分かっていれば、オーバースピードでは絶対に向きが変わらないと分かるはずなんだけどね。
GPライダーはみんな「バイクが曲がらない」と不平を言う(笑)。どういう意味か分かるかい?
── GPライダーたちも、オーバースピードのミスを……?
FS その通り。非常にしばしばね。GPマシンは非常に高速で、フレームが硬い。曲がりにくい要素が揃っている。ライダーは、荷重を失わないようにしながら、強力な慣性と戦う。だからスピードコントロールにかなり気を遣う必要があるんだよ。
ケーシーがいい例だ。彼はドイツGPで転倒したが、「思っていたよりも少しスピードが速すぎた」と語っていた。ほんのわずかなことで彼はフロントの荷重を失ったんだ。
改めて伝えたいのは、ブレーキングとバンク角がすべてを決めるということだ。特にオーバースピードは犯してはならない失敗だ。
面白い話をしよう。コーナーの途中に「止まれ」の標識があったとする。ほとんどのライダーは、きちんとブレーキをコントロールして、狙い通りに止まれるだろう。
向きを変えるポイントで狙い通りに減速することも、まったく同じ操作……のはずなんだ。
── なのに、コーナリングだと思うと途端にうまくいかなくなります。
FS その通り! 誰もがそうだよ。「止まれ」の標識に向けて止まる場合と、何が違うと思う? バイクが傾いているんだ。でも、気にすることはない。リラックスして、ブレーキングに集中すればいいんだ。
いいかい? こう考えるんだ。できないと思えばできない。できると思えばできる。信じることだよ。「できない」という思いは、疑いを呼ぶ。疑いは体のあちこちを緊張をさせ、それがバイクに伝わってしまう。それではスムーズに走れない。
何が起きても 絶対にコントロールできる
── GPでも、そういう確信を持って戦っていたのでしょうか?
FS もちろんだよ。レースでは、突然思いもかけない挙動が起きるものだ。私は「何が起きても絶対にコントロールできる」という自信を持っていたよ。「思いもかけない」と言ったが、それはだいたい自分のミスによるものだ。私だってオーバースピードでコーナーに進入することがある。でも自分のミスだと分かっていれば、それは疑いにはならない。分かっていることだからね。だからマシンに必要なだけの入力を与えて、それを正すことができるんだ。
もしライディングを学ぶつもりなら、学んだテクニックを信じることだ。何かが起きた時に、信じているテクニックが身を助ける。自分を信じることも大事だし、自分の教わったテクニックを信じることも大事なんだよ。過信は禁物だが、自信を持つことはリラックスにつながる。
例えば、パニックというのは、自分どころか、もはや何も信じる余裕のない状態だ。ただ体が強ばるばかりで、何もできなくなる。だから大きなケガを負うんだ。
速く走ろうとすればするほど、すべては早いタイミングで起きる。そして操作やスピードコントロールに充てられる時間はどんどん短くなっていく。短い時間の中で、確実な操作をしなくてはならない。つまり、速く走ることは、アグレッシブになることはまったく違うんだよ。
── ところで、あなたは「天才」とも呼ばれていました。そのことについてどう思っていましたか?
FS 最初の「ファスト・フレディ」もそうだが、ただのニックネームだね。子供の頃から、バイクに乗る私を見て人は「スゴい!」「速い!」と言っていたけど、まったく気にしなかったよ。
若い時にチャンピオンになったから、みんながそう呼んでいただけだろう。私は自分が速いとも天才だとも思ったことはない。ただベストを尽くしていただけだ。
── 陰の努力もありましたか?
FS 努力と呼んでいいのか分からないが、進歩し続けようとしていたね。5歳から15歳まで、2エーカーの庭で毎日2、3時間走り回っていたことも無駄ではなかったと思う。
……というより、子供時代に得たものがすべてのような気がするよ。ライディングに関する本なんか何もなかった。挑戦と失敗を何度も繰り返しながら、考え続けていたんだ。「どうしたらうまく曲がれるんだ?」ってね。そうやってつかんだ「バイクの真理」が、私の基盤だよ。
今は自分のスクールを通じて、その真理や自分の経験を多くのライダーに伝え、バイクを理解するための手助けをしたいと考えている。
●インタビュー:高橋 剛
●インタビュー撮影:真弓悟史
●レース写真:HRC/YMアーカイブス
Source: WEBヤングマシン