日曜の朝、ホテルの屋上でちょっと贅沢な朝食をとりながら、「今日もシンガポールGPが観られるんだ」と思うと嬉しくてしょうがなくなりました。昨日だけですっかりF1の虜になってしまったらしいです。
シンガポールGPは本来、雨が多いそうなのですが、空には薄い雲がかかっている程度で路面はドライ。昨年の決勝は大雨に見舞われて、スタート直後にフェラーリが同士討ちをするというアクシデントがありましたが、今年はその心配もなさそうです。
この日は決勝がスタートする20時10分までシンガポール観光をすることに。マリーナベイサンズではチェックアウト後も荷物を預かってもらえるので、手ぶらで移動できるのがありがたかったです。
シンガポールGPには、アーティストがライブするエリアなどもあり、レース以外にも楽しめるポイントがあります。友人は予選が終わったあとに「THE KILLERSは絶対観たい!」と出かけて行って、日付が変わるまでライブを堪能していました。今年は日本からSEKAI NO OWARIが出演するなど、世界のアーティストが集まるので、ライブフェスをメインに楽しむこともできそうです。
実は、シンガポールの観光名所はだいたいF1のコース周辺だけで事足りてしまいます。マリーナベイサンズは宿泊したのでOK。さらにお土産もマリーナベイサンズのショッピングモールで大体揃います。ホテルのすぐ隣にある植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」にも歩いて行けるので、無料エリアをひとまわり。マーライオン公園は地下鉄もしくは徒歩で15分くらいで行けるので、とりあえず写真をパチリ。3時間もあれば「シンガポールに来たぞ!」という場所をまわることができます。
一応、食事もシンガポールらしいものを食べようと思い、まず浮かんだのはチリクラブ。そこでシンガポール公園近くの有名な「パームビーチ」を覗いてみると、チリクラブはなんと時価! 怖くなったので今回はチリクラブを諦めて、マリーナベイサンズのフードコートで色々と食べてみることに。
そこで私が一番気に入ったのは肉骨茶(バクテー)です。最初はその商品の文字面と茶色い濁ったスープに肉塊が入ったビジュアルに引いてしまいましたが、一口飲んでみるとコショウとニンニクがガッツリ効いたスープがなんとも美味しい。好き嫌いは分かれるかもしれませんが、ぜひ一度ご賞味あれ。
食欲も観光欲も満たされたところで、選手たちがサーキットをひとまわりするドライバーズ・トラック・パレードを見学することに。私たちはショッピングセンターのマリーナスクエアの下でパレードを待ち構えました。実は私はまだ「推し」のドライバーがいません。通り過ぎる選手に対して何をすればいいか迷っていると、友人いわく「ドライバーが来たらその愛称を呼んで手を振ればいい」と。
そうこうするうちに、遠くから髭をたっぷりたくわえたダンディなお方が……。あれは、フェルナンド・アロンソ! 思い切って私が「アロンソー!」と叫ぶと、横で友人は「フェルー!」なるほど、わからん。もうドライバーの愛称を調べている暇はないので、とにかく来たドライバーの名前を分かる限り叫びました。
何名か通り過ぎたとき、ドライバーが特定の観客に向かって、サムアップした親指を突き出す仕草をしていることに気づいた。「一体誰に向かって?」その目線の先をたどると、どうやら自分のチームのユニフォームや出身国がわかるものを身につけているファンに向かってサービスをしているようでした。
そこへやってきたのは、トロロッソ・ホンダのピエール・ガスリー。すると、彼はこちらを見るやいなや、にっこり笑ってサムアップしてくれるではないか! そう、友人はトロロッソ・ホンダのファンでしっかりオフィシャルTシャツを着ていたのです。
ガスリーは「同じの着てるね!」と言わんばかりに、自分のシャツを引っ張ってもう一度サムアップしてくれました。「うおおお、ガスーーー!」優しいファンサービスに狂喜乱舞する友人。私までファンになってしまいそう。同じくトロロッソのブレンドン・ハートレーからも素晴らしいファンサービスを受けて、さらにメロメロになったのは言うまでもありません。
決勝スタートまでだいぶ時間があると思っていましたが、観光や買い物、パレードを見ているうちに、あっという間にその時間が迫ってきました。スタートはグリッド付近で見たかったので、人をかき分けながらホームストレートのある「ZONE 1」へ。私たちはなんとかピットレーン出口の前に場所を確保することができました。
私たちのいる場所から1コーナーのスタンドまで、隙間なくみっちりと人が入っています。おそらくその先にも、そのまたずっと先にも……。そしてコースを一周するまで、何千、何万の人が固唾を飲んでそのときを待っているのです。私にとってはこれだけ多くの人とともに同じものを観ること自体が初めて。この巨大な熱量の塊の中にいるだけで、いいようのない興奮が湧き上がってくるのを感じます。手をぎゅっと握って歯を食いしばっていないと、武者震いが起きそうです。
いよいよフォーメーションラップが始まると、観客からの歓声や指笛が鳴り響き、それをかき消すように色とりどりのマシンが咆哮をあげながら目の前を駆け抜けていきます。全車コースを一周し、スターティンググリッドにつくと、すぐにシグナルがひとつずつ点灯しはじめました。1、2、3、4、5・・・ブラックアウト! 20台のマシンが一匹の大きな蛇のようにざわっとのたうちます。
トップのハミルトンは全車を率いてまっすぐ1コーナーをめがけて飛び込びました。2番手のマックス・フェルスタッペンがほんのわずかに遅れたのか、3番手のセバスチャン・ベッテルがあっと言う間にマックスを捕らえ、1コーナーで噛み付こうとします。それをすんでのところで回避するマックス、しかしベッテルは背後にぴったりと張り付いたまま。次の瞬間、ベッテルはスリップを使いマックスの横に飛び出して、サイドバイサイドに。2台は火花を散らしながら次のコーナーに飛び込みます。ブレーキ勝負で上回ったベッテルがほんの少し前に出て、アウトからマックスを鮮やかに抜き去りました。
と、この直後にセイフティカー導入のサインが。トップ集団が激しい争いをしていた後ろで、中段グループにいたフォースインディアのセルジオ・ペレスとエステバン・オコンがなんと同チーム内で接触。オコンがはじき出され壁に激突し、リタイアを余儀なくされてしまったのです。
スタートから1分も経たないうちの出来事。息つく間もないとはこのことでしょうか…。オコンのマシンの回収が終わるまでセイフティカーランは続きます。しばらく経ったとき、フェンスの向こう側をヘルメットを抱えながら歩く人影を見つけました。クラッシュでリタイアになってしまったオコンです。観客からはあたたかい声援が送られ、並々ならない心境であるはずのオコンも手を振って応えてくれました。
セイフティカーが入ったため、各チームは一度だけタイヤ交換を行うワンストップ作戦に出ました。シンガポールGPではハイパーソフト、ウルトラソフト、ソフトの3種類のタイヤが指定されており(ドライ時)、順に「グリップ力が高いが劣化しやすいタイヤ」から、「グリップ力は落ちるが劣化しにくいタイヤ」となります。これらをどうマネジメントするかも重要な勝利への鍵です。
Q3まで進んだチームは、決勝スタート時にはQ2で最速タイムを出したタイヤを使用しなければならず、上位10チームは必然的にこのユーズドのハイパーソフトタイヤを履くことになります。ワンストップで行くには、次のタイヤは後半も走りきれるウルトラソフトかソフトのいずれか…。ピットアウトする各車が何色のタイヤを履いているか見るだけでも、チームごとの作戦が見え隠れして面白いです。上位チームはフェラーリのベッテルとレッドブルのリカルドがウルトラソフトに、その他のドライバーはハミルトンを筆頭にソフトタイヤへと履き替えました。
先ほど壮絶な2位争いをしていたベッテルとマックスは、レッドブルチームの迅速なピット作業もあって、ピットアウト後にマックスが辛うじて前へ出て2位に浮上。ここからベッテルはマックスに抑えられ続け、ウルトラソフトタイヤの性能が徐々に落ち、ソフトタイヤを履くマックスに引き離されてしまいます。F1では0.1秒、いやもっと一瞬の出来事でも勝敗が分かれてしまうことをまざまざと見せつけられました。
ハミルトンはソフトに履き替えてからも抜群の安定感かつ驚異的な速さで周回を重ねていきます。メルセデスの堅実さと強さを象徴するようなシルバーのボディがハミルトンにはよく似合います。レースは最後までわからない、そう思いますが、ハミルトンが目の前を通るたび彼の1位を確信してしまう自分がいます。
シンガポールGPはオーバーテイクが難しいコースなので、一旦レースが落ち着くとそこからの順位変動は少ないのです。そんなひと段落した空気のなか、気になって毎周目で追ってしまうマシンがひとつありました。オレンジ色のマクラーレン、#14のフェルナンド・アロンソです。
なぜか「彼はものすごくいい走りをしている」と直感で分かります。不思議なのですが、レースに詳しくない私でも、走っているマシンを見続けていると、だんだんその挙動や雰囲気だけで「凄み」のようなものが嗅ぎ分けられるようになるらしいです。
11位から7位まで浮上したアロンソは、ほとんどまわりにマシンがいない単独状態で走っています。それでも毎周毎周ベストを塗り替えているような、そして絶対塗り替えてやるといわんばかりの気迫を感じました。「アロンソ、なんてかっこいいんだ……」、その気持ちを自覚した瞬間、急に私はアロンソのファンになってしまいました。
来シーズンはF1の舞台を降りると発表しているアロンソですが、これからもドライバーとして応援しようと心に決めました。
のちほど日本へ帰ってから調べたところ、ソフトタイヤでのファステストはハミルトンで、なんとマックスを抑えて2位を飾ったのはアロンソだったといいます。マシン性能に大きな差があるなか、メルセデスに次ぐタイムを出したアロンソをますます好きになってしまいました。
これだけ目の前でひとりひとりのドライバーの命を賭した究極の戦いを見ていると、彼らのすべてを見せてもらっている感覚になります。だからこそファンも心から感情移入してしまうのでしょう。
シンガポールの夜空にチェッカーフラッグがはためきます。堂々のチャンピオンを飾ったハミルトンを祝福するように、コースサイドから盛大な花火があがりました。大きく花開く花火の音と、高らかなエンジン音が入り混じります。最高の瞬間です。ここにいるすべての人が、ドライバーもメカニックもエンジニアもオーガナイザーもファンも関係なく、ひとつのイベントに熱狂できることに感動していました。
また絶対この場所に戻ってこよう。飛行機に乗り込み、遠ざかるシンガポールの眩い街並みを見ながらも、その思いは消えませんでした。
(伊藤 梓)
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Source: clicccar.comクリッカー